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お久です&映画考察[かぐや姫の物語]をば

お久、86TRUENOですよ~。ここで書くのはほんと何か月ぶりだろねw
個人的なブログは2月初旬を最後にやめてしまったので、ブログ書く自体も久しぶりです。
まぁ最近はセッションの方が多くて、そっちの方が楽しくて....やっぱリアルっていいね(笑)
僕自身今度リプレイ動画なんかも考えているので頑張っていきたいと思います。(できればKPもしたいね)



さて、今回書こうと思ったのは3/13(金)放送の”かぐや姫の物語”を見たので視聴後考察がしたくなったからです。根っこのネタバレは極力控えますのでお付き合いくださいませ。シナリオとかに使えるかもしんないよ

原作はもちろん”竹取物語”。見た感じ8割くらいは同じだし、捨丸君ぐらいしかオリジナルの人はいなかった。(あ、家庭教師とかいたね)んで違うのがかぐや姫視点であること。人生を生きていく中での幼少時代の無邪気さや青年時代までの葛藤を描き、より人間チックにしています。それ故にすごく鬱ですし、救いは主題歌ぐらいだったよw

今回のテーマが”かぐや姫の罪と罰。”だったのですが何が罪で何が罰なのかがじっくり考えないと少し分かりずらい。ですが、見たやつと話していると大体わかってきました。

知り合いは「要するに罪=地球で行きたいという願望 罰=そこで苦悩をさせるなんじゃね?」と言っていてそうなんだと思っていたのですが、そうするとラストの月に映る赤ん坊と招来してくる奴ら(多分かぐや姫のお父さん的なのも交じってる)がなぜ仏像なのかに説明がつかないなと思って調べたり評論家さんのラジオを聞きなおしてみました。

実はラストの迎えに来たやつらは”阿弥陀二十五菩薩来迎図”というのがもろ元ネタでがっつり仏教ですね(気になる方はggってみてください)つまり月の世界=仏の世界なんじゃないかという推測がたちます。仏の世界であるならば、元の考えが”無が至高”であるため、かぐや姫が臨んだ地球(=現世)での生活を希望したことは汚れたこの世から解脱するという考えから逸脱しているためになるんじゃないかなと思います。

で、ここからがぶっ飛んだ考察になるんですけど、多分かぐや姫は一回解脱し終えていると思うのです。そして仏の世界で解脱前に憧れてしまったがために、もう一度生活させることで苦悩を味あわせる。これがですね。向こうの思惑通り、望んでなかった都市の生活、まるでモノ扱いのような求愛など(こんなはずじゃなかったのに)と思い続け、ついに「月に帰りたい(=もう一度解脱したい)」と思ってしまった。そこであの連中が迎えに来て、この話が終わってしまいます。しかしその中で、かぐや姫は”それでも生きているということは素晴らしい”という結論に至ったのは素晴らしいなと思いました。

”かぐや姫の物語”は人間臭くて結構ドロドロした鬱アニメ(最近で言うとまどまぎとか?)のようなものですが、哲学的な”人生の価値観や意味”を見出すことができる良作品でした。見てない人はぜひ見てみてください

長文失礼しました。


追記
しかし、最後の月に映った赤ん坊の姿を見ると、もしかしたらアイツもう一回帰ってくるんじゃないの!とか思っちゃいました。だって仏教って輪廻だしね。あーこわいこわい
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そういやかぐや姫見てないなー
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